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ぬるい氷

pene

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助けられ方

今日昼にくら寿司に行って予約する機械の横で順番を待っていたら
知らぬおばさんが機械の前で「これどうやってやるの?」と機械に向かって語りかけ
その後で僕の方を見つめました
僕は無言で受付のボタンを押してあげました

待つ時間が長かったので一度店を出て
しばらくして再び入店してまた予約する機械の横で待っていました
(ちなみに好きで機械の横にいたわけじゃなくて混んでいて場所がなかったからです)
そうしたらまた違うおばさんが機械の前で「どうするのこれ?」とつぶやいていました
それから僕の方を見て「ねえ?」と言ってきたので僕はまた無言で受付のボタンを押してあげました

今日僕は日本の教育の成果の片鱗を見た気がしました
席を譲ったり道を教えたり
「困っている人がいたら助けてあげる」という美徳性に重きが置かれて
「助けられ方」が軽視されてきた結果だと思います

英語だとまず「excuse me」から始まるでしょう
日本語では「すみませんが・・・」です
そこには
「あなたの時間を取って申し訳ありません これこれこういう理由で困っているのです」
という意味が込められ
助けてもらったら「ありがとう」
これが当たり前だと思います

進んで人を助けることは尊い行為だと思いますが
自ら進んで助けを求めなくても周りが手を差し伸べるという環境が常にあると
「助ける」「助けられる」の間に生じるべきはずの感謝が生まれにくくなります

また「困っている人に手を差し伸べる」ということに価値を置きすぎて
その人を見なくなると行為がただのおせっかいになることもあります

こうした環境の中では
自分にとって都合の悪いことはおせっかいでそういうことをする人は「めんどうくさい人」
自分にとって都合の良いことをしてくれる人は「良い人」となりがちです
そこに真の意味での感謝は生まれるのでしょうか?

助ける人はどうぞ責任を持って助けてください
助けられる人も堂々と助けてもらってください
利害の一致した両者を繋ぐのは感謝であるはずです
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comments(0)|trackback(0)|一日|2011-08-14_23:45|page top